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April 11, 2006
父の引っ越し
今朝早く、
父の魂は、地上から天国に引越ししました。
前日まで、本当に家族との祝福された時間を過ごし、
亡くなる日は、意識不明ではありましたが、だんだん
身体の機能が停止していき、最後は呼吸が停止した
という感じで静かに出発しました。
大学病院に勤務していたので、病院での事情に詳しく、
自分が大部屋から個室に移されたときから
父は自分の死期をさとり、
一時期は、自分で口につけた酸素チューブを
はずそうとしたり、
「もう、いい」「自分はもう死んで魂になっている」
と、言って、生きることを放棄しているかのような振る舞いをし、
母を困らせていたのに、
数日前から突然、父の中で何かが変わったという兆しが見えました。
リハビリで覚えた呼吸法を続けたり、と
自分に可能な限り、生きようとする努力を惜しみませんでした。
母の夫として、私たちの父親として
『生かされている』時を一生懸命に生き、
最期まで私たち家族を思いやり、走りぬいた姿がありました。
また、担当主治医は、大学での父の教え子だったのですが、
父の最期のがんばっていた姿は、かつての教え子であった
先生に対しても立派で光り輝く姿となっていました。
私は、この父の変化は、
何か、死に際の人間にしか見ることの出来ない、
不思議な力によるものだと感じて居ます。
その力が、
父の中でリアルに働いてくれて
そして、病床にあっても、
父を勇敢な姿に変えてくれたのだと信じています。
だから、今は、感謝のこころであふれているのです。
また、ともに父のことを気にかけ、
懸命に祈ってくれた友人に感謝の気持ちでいっぱいです。
「友達は大事にせぇよ」
今回、最初に会話が出来たときに、
父が私に言ってくれた言葉です。
よく、人間関係に難しさを感じていた私に、
父が、最期の時に語ってくれた言葉。
ずっしりと心に響いた。
この言葉を、心の板に刻み、
また、父を私の父として、出会わせてくれた神様に感謝して、
これからの時を過ごしていきたいと思います。
投稿者 kaori : 02:25 AM
April 08, 2006
父の病状にあって
昨年末から「慢性呼吸不全」
の為、リハビリ入院していた父。
先週末から危ないという知らせを受け
大分に帰ってきています。
3月末、ようやく退院が決まった矢先だった。
なのに突然の容態の急変。
一週間前までは、むっちを亡くし悲しんでいる私に
励ましのメールを携帯から送ってくれていた。
本当に、坂道を転がり落ちるように、とつぜん悪くなった。
何度も、危篤という状態になって
何度も覚悟をした。
そのたびに、父は持ち直し・・・を繰り返している。
不思議なんだけど、
まるで、このことを知っていたかのようなタイミングで
むっちは先に天国に旅立った。
父が苦しんでいるのをみていると
むっちが苦しんでいた姿とあまりにも酷似しすぎていて・・
むっちが苦しんでいる姿を見るのは本当に苦しかった。
だけど、その体験があったからこそ、
ずっとひとりで父の看病をしていた母を支え、
元気づける事が、なぜか出来ている、とても不思議な展開。
まるで、私の心の準備をさせるために
病気と戦っている姿を見せ、
生き抜いて、自分の生涯を走りぬいて
天国へと旅立った、むっち。
久しぶりに家族が大分に集まり、
みんなが協力しあって「ひとつ」になっているという
感覚がある。
父の病状にあって、なんだかとても家族がとても
良い時をすごし、祝福されている。
本当に、不思議な感覚だ。
おとといの夜までは、意識がなく、担当医師から
「今夜がとうげ」
とまで言われたのに、
昨日は落ち着いて、姪っ子が話しかけたのに対し
笑顔さえみせ嬉しそうにしていた父。
私たち家族の時間に「笑い」がある。
父の残された時間が、
とても穏やかで良い時がひとつひとつ刻まれていく。
母も嬉しそうだ。
なんて祝福に満ちた
幸せな時を過ごしているんだろう・・・
天に召される時というのは、
本当に何時なのか、
人にはわからないんだな・・・
ということを実感している。
だからこそ、
「生きている時間」
というものは、本当に「与えられているもの」
なんだな、とつくづく思う。
家族との時間を感謝して大切に過ごしたい。
投稿者 kaori : 12:49 AM