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May 01, 2006

確信と励ましと感謝と

父が旅立って後、東京の自宅に戻ってきました。


母の話だと、今もまだ、毎日誰かしら家に来るそうです。
大学関係よりも、尺八の方でも都山流の九州支部長をしていたため、
お弟子さんがあらゆるところからいらっしゃるそうです。
そのおかげか、母も未だに忙しく、気が紛れているようで
かえって安心しています。


父の様態が急変し、大分に帰っていた時、
ひょんなことで、ネットで友人が書いた体験記を読んだのです。
その記述の最後に書かれていた、ある詩がありました。


その詩は、NY大学病院のリハビリテーション研究所の壁に患者が貼ったという、
「病者の祈り」という詩でした。


現職中、父は、とにかく自分の「本分」である仕事に徹すると決めていたので、
大好きな尺八も比較的、控えておりました。


そのかわり、定年退職したあかつきには、残りの人生を尺八だけにそそぐ、と決め、
楽しみにしていたのでした。


ところが、定年して数年のちに、よりにもよって肺の病気になり、
尺八が吹けなくなるなんて・・・


はためからみる以上に本人にとっては、つらかったことと思います。
だからこそ、
友人の体験記にあった詩を読んだとき、
この詩を、父に読ませたい、と思ったのでした。


が、その時はもう、父はほとんど目が見えない状態でした。
その詩を読み聞かせるのも、どうなんだろう・・・と思い、
もしも、その機会が与えられるならば・・・
というふうに願うしかありませんでした。


そして、とうとう、その機会は父が生きている間には訪れませんでした。


ところが、父が逝った後、遺品を整理していたら、


!!!


『渡辺和子』著の『愛をこめて生きる』という本が出てきました。
父が入院前に、読みたいからと母に頼んでネットで購入していたそうです。
この渡辺和子という人は私も知らなかったのですが、
ノートルダム清心学園理事長をしているシスターだそうです。


なんと!その本の最後の方に、あの友人が紹介していた
「病者の祈り」が載っていたのです!!


私が父に読ませたい、と願っていた詩は、
なんと!先んじて父は読んでいたのでした!


なんということでしょう!!
私が、願うまでもなく、神様がすでに読ませてくれていた!


私には、そう思えてならないのです。
とりはだ・・・というか
いいようもない、喜びがこころの中にあふれたのです。


このとき、
ああ、父はもう大丈夫だ、天国で神様のもとで安らいでいる、
と、いいようのない確信が増し加わったのでした。


この地上の世界では、直接声を聞いたり、姿を見ることは叶いません。
そう思うと、父を亡くした哀しみは依然とありますが、


天にはお父さんがいる。
私たちを応援してくれている。



その事が、私には心の支えにもなり、励まされる事なのです。
哀しみもありながら、
それにも勝る感謝の思いに満たされているのは不思議な感覚です。




【病者の祈り】


大事をなそうとして
力を与えてほしいと神に求めたのに
慎み深く従順であるようにと
弱さを授かった


より偉大なことができるように
健康を求めたのに
より良きことができるようにと
病弱を与えられた


幸せになろうとして
富を求めたのに
賢明であるようにと
貧困を授かった


世の人々の賞賛を得ようとして
権力を求めたのに
神の前にひざまずくようにと
弱さを授かった


人生を享楽しようと
あらゆるものを求めたのに
あらゆるものを喜べるようにと
生命を授かった


求めたものは一つとして与えらなかったが
願いはすべて聞き届けられた
神の意にそわぬ者であるにもかかわらず
心の中の言い表せない祈りはすべてかなえられた
わたしはあらゆる人の中でもっとも豊かに祝福されたのだ

投稿者 kaori : 07:54 PM